意味のないこと・意味のあること

勝手にAÿǎ提案

人は起こった出来事に対する「認知」によって、その出来事の意味やその後の流れが大きく変わってきます。

雨が降っているから気分が塞ぐ。雨が降っているからのんびりお家で趣味のことをしよう。この雨という出来事は変えることのできないものであっても、「認知」=自分の捉え方自分がコントロールできるもの。それがネガティブとポジティブの違いです。

また私たちのは「出来事」を自然と意味のあることにしたがります

私も意味のあることの方が好きです。ジンクスだったり「あの時のあの経験があるから今がある」といったことだったり..

でもジンクスや行動の結果が願うようにいかなくても、そこに執着してしまっては自分を苦しめる原因にもなってしまいます。

だって意味のないことだってあります!

ただでさえ私たちの脳は意味をもたせてきます。あらゆる物事は無意味ではなく、何らかの意味があり、無関係な出来事がバラバラに起きるのではなく出来事同士には何らかの関係があるはずだ―。

もし一人きりの空間になにか気配みたいなものを感じたら、それが気のせいだとしても、脳はただの気のせいとするよりも気配がするということは何かが存在するはずだという考えを優先しがちです。(これがオバケの正体だったりもします)

私たちの脳は意味のある結論を出すことを目的として働いてしまうのです。その為意味やまとまりがあればよいという状態になり、ないはずのものが見えたり聞こえたり、何かを感じた気がしてしまうのです。(病は気からということもそうです)

もちろんその働きがポジティブなものなら良いです(o^―^o)

でもどんな出来事にも意味を持たせ過ぎて、逃げなくてはいけない場面でも「神様は乗り越えられない試練は与えない」と頑張ってしまったり(それが神様が与えた試練ではないかもしれないのに)、今苦しいのは何か意味がある、長年やり続けたことだから、せっかく学んできたことだから、せっかくの出会いだから、せっかくあの人がくれた話だから、と徐々に執着してしまうのは自分を未来に向かうのではなく今や過去に縛り付けているようなものです。

ご縁があれば今のタイミングでなくてもまた巡り合える。過去より未来に意味を持たせれば今の行動が変わってくる

意味はあなたが今つけなくてもいいものだってたくさんあります。いつか、何年か先、もういつかはわからなくとも、今この人生の意味や結果を出さなくとも、

この世を去る間際、「ああ、いい人生だった。あー楽しかった!」と思えたら最高じゃないですか?(o^―^o)

執着したり、失うことを怖がったり、本当に望むことを後まわしにしたり、そんなことしている場合ではありません♩意味もあとからでいいんです♩

そして意味のないことだって沢山起こる人生で、それでも無意味なことを自分の力に変えて胸を張って成長していきましょ。

 

 

Aÿǎ♡


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