学ぶ

日記

最近、初めて写真教室へ行きました。(トップの写真はその時先生に習ったもの。写っているのは同じ生徒さん。)写真は好きだけれどカメラを買っても説明書を読んだことはないし用語の意味も知らずにいつも決まったモード(接写もしくはオート)で明るさを変えて楽しむのが私の写真。(そしてシャッター音が好き。)

そんな私が基礎の基礎から座学として習ってみると、頭が少しずつこんがらがっていって、終いには”何”が分からないのかが分からない―。

帰宅後、やんわり不安を頭の片隅に感じながら、一晩寝て朝。ちょっと恐る恐る(全く全てが分からなくなっていたらどうしよう..)もう一度教科書を開いて思ったのです。昨日より少し、どこが分からないかが見えてきたかも。

本当は今朝、昨夜のモンモンが残っていて、昨日分かりかけていたことすらも消えそうで、でもそれを確かめたり向き合うのが面倒で、触りたくなくて、(だってきちんと向き合った時にそれでも分からなくてまた頭が混乱したら怖い。)

でもさりげなーく、なんとなーく、「やるぞっ」なんて気合いは絶対入れずに、いつでも逃げ出す準備をしながら(笑)、何気なさを装って手を伸ばしてみました。

そうしたら、怖くなかった。分からないことが少しだけ輪郭を表してきた。

その時初めて、「私一歩踏み出した、偉いじゃん」て自分を褒めてあげられました。分からないことと向き合った今がスタート。

私にとっては『写真教室に行った』ことがスタートじゃなかった。

スタートやはじめの一歩はみんな違う。

どうしても『行動』することが分かりやすいスタートに見えるけれど、今回初めてそれは自分次第だってことに気付けました。

行動に関して言えば、ここ半年、割とよく行動力があると周りに言って頂けているので(特に初対面の方から)、それは単に私が得意なだけで(もしくは趣味)。お菓子作りが得意な子と同じ感覚です。そもそも行動しているから攻めなのかと思いきや、行った先ではだいぶ受け身なのです。(流れに身を任せる方が面白いし上手くいくので)

なので今回は自分のやりたいことの『本質』と『自分』が真正面から『向き合う』ことが”わたしの一歩”。(教室に通うことが目的ではなく、技術を身につけることが目的)

それからもう一つ。『学ぶ』って、初めから出来なくてもいいよねって思えました。初めてなのに分からないことが多いと恥ずかしかったり、向いてないって判断したり、自分ってバカなんだって逃げ出したくなるけれど、だからこそ『学ぶ』んだって。「これから」でいいんだって。

今までの私は、なんとなく出来ること・出来そうなことを学ぼうとしていたふしがあるけれど、初めから躓いたって、学んでいる最中なんだから、今分からなくてもいいんだ。明日分かるように向き合えばいいんだ。

そんなことに気付いて。

と同時に私を邪魔していたなんとなく億劫な気分にさせる・何故か「あとで」にしようとするもう一人の私の存在にも気づいて。

私がいくら行動しても夢を描いても、少しづつ後ろから引っ張っていた正体。まだ姿を忍ばせているけれど、”いる”ってわかったら、私も立ち向かうすべを持てる。

だから今朝カメラの教科書を開いてみた時と同じ要領で、こんなのも作ってみた。

はじめての「あわじ結び」

(この物自体に関してはまた別に書きます⋆)なんでも”あとで”やろうとする気持ちの存在に気付いたからには、負けずに今すぐ取り掛かってしまおうと初めの一歩を踏み出せたのは、前から図書館で本を借り手芸屋さんで材料は購入済みだったから。(だって行動は得意な方)。手つかずにされていたのはもちろんあの気持ちに邪魔されていたから。

はじめてみたら、一瞬やっぱりめんどくさくて(説明書や作り方を読む行為が苦手)。でもそれに気付かないように無視して。最初は下手でいいし、時間かかってもいいって、もう私は知っているから。

椿

そしたら、ほらね、1つ1つ。私はちゃんと一歩踏み出せた。(て自分で自分をここぞとばかりに誇る笑)

あと、集中力のない私は、物事に集中しなきゃって思うよりも、『それ以外を無視する』ていう感覚の方が良い状態にもっていけることがわかって。(メンタリストDaiGoさんの本に書かれていたことを実践)私みたいなタイプの方にオススメです◎

ではではこの初めて作った水引は、次の記事で(o^―^o)

すみません、今日は特に文章が読みにくかったですよね(;^_^Aそれでもここまで読んで頂き、ありがとうございました!!

Aÿâ♡

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