辛い出来事について考えてみた。byAÿâ

日記

常々、辛いと思っていることに(辛い進行形に)大きいも小さいもないと思っています。

どんな小さな出来事でも"今、この瞬間"辛くて堪らなければ、当人にとっては自分の世界で一番辛い出来事の最中で、誰かのそれと比べて我慢したり、自分の感情を無視する必要はないと思うのです。

でも時々自分の辛さなんて序の口だと思えるほど、大変な思いをしている方の経験を知る機会だってあります。

そんなときいつも思うのです。ほんと人生は平等じゃない。

分かっていたことだけど、どこかでみんな色んなことがあってプラマイゼロと思いたい。でも決してそうじゃない。

だからやっぱり自分の人生の主役は自分で、どうなりたいかも自分で決めて、
未来の自分に恥じないよう、今を選ばなきゃいけないと思うのです。

未来を創るのは、まさに今。今の積み重ね。

積み重ねは小さなこと過ぎて、ここから見るとそんなちっぽけなことで変化がないような気がしてしまう。だからやらない方を選ぶ。

でも本当はそうじゃない。

どんなにちっぽけなことでも、今少しでも未来のために選択を変えれば
それは必ず変化を生む。

こういうのをバタフライ効果っていうのかな。

ブラジルにいる1匹の蝶の羽ばたきがテキサスで竜巻を引き起こすとかいうアレです。(詳しくはWikipediaでどうぞ。)

で、話は戻りますが、"人生は平等じゃない"からこそ、

どっちが良い人生かもまた、死ぬまで分からないのです。

ものすごく辛い経験をしたから、その人の人生が哀しみ一色だったかはその人にしか分からないし、その人が決めること。

反対にどんなに恵まれているように見える人でも、本人にしか分からないことが数えきれない程あるのだと思う。それはもう果てしなく比べることの出来ないこと。

何が言いたいかというと、辛いことをオセロのようにひっくり返せるのもまた人間の強さなんだと思うのです。

だから今大なり小なり辛い思いを感じていても、人生最後の日までに大どんでん返しは起こり得るし、そのキーを握っているのもやっぱり自分自身なのだということを

なるべく覚えていたい、なぁ…なんて思った帰り道でした。

またね。

Aÿâ♡

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